周りの人(ヨネさん、ジョーさん)から「あなたは何にお金を使っているの?」と聞かれて、色々考えた。
金銭感覚について書きたい。
1. 貧乏に育ったが、幸せだった
父は会社員だが、あまり収入は高くなかったらしい。基本的には家にお金はなかった。
幸運にも大して苦労せずに大学に行けた。国立大学に、親戚援助と奨学金と授業料免除とアルバイトで通った。
お金がないことによる不満を感じることは特になく、結構満足した子供時代だった。母も苦労したと思うが、楽観的な人だったので、家庭も明るかった。
強くものを欲しがらないのが普通だったし、贅沢は自分とは違う世界のように感じていた。
2. 貯金は昔から好き
なぜか、小さいころから貯金は好きだった。コツコツ残高が増えることが喜びだった。
就職して、残高が少ないから当たり前のように残高を増やすことに勤しんだ。残高が少ないから不安があり、残高が増えたら不安は減ると思っていた。
育休から 復職してから今までで、年収は倍になっていて、残高が増えるペースは上がっている。
しかし、不安は、残高が増えても、比例して減ってくれない。これ以上どんなに残高が増えても、不安は消えないと気づいた。
不安を消すことには寄与しないが、やはり貯金は好き。頑張った自分が数値化される感覚。
3. お金を使う欲求もないし罪悪感もある
ある程度の贅沢も経験したと思うが、自分に合わなかった
a. 環境負荷のかからない暮らしが好き。
ものを多く持ちたくない。どんないいものも、いずれはゴミになると、大叔母が死んだ時に学んだ。余分なものはいらないし、新しい物好きでもない。気に入ったものを、壊れるまで使い切りたい。
b. 高価なものにあまり興味がない。
欲しくなるのは実用的なもの。装飾品、ファッションに興味ない。コレクション癖もない。必要なものについては、自分が気に入る、質のいいものにお金をかけたいと思っている。しかし、必要な実用的なものは物量的に限られている
c. 物質的でないサービスにお金を使うのは好き。
好きだが、限度がある。タクシーとかグリーン車を使ったりするが、さらに高級なサービス、と追求する欲求はない。旅は嫌いではないが疲れるし、友人に会う旅以外はそこまで欲求がない。
d. お金を使う生活は、自分がダメになると感じて罪悪感。
家計簿を見直して、自分の生活費が上がっていると気付く。過去に比べると、確かに増えている。収入も増えているし、残高も十分増えているのに、そういうことに関係なく、罪悪感がある。自分がスポイルされていると感じる。自分の理想は「お金などなくても充足した人生を送る」だが、そこからかけ離れて、心に贅肉がついていっているような感覚。
お金などなくても自分を満足させられる人間で居続けることが、将来の不安がなくなる手段でもある。それに、そもそもそれが自分の好み。
4. 墓にお金は持っていけない、と思っているが、だから使い切りたいとも思っていない。
自分のためにお金を使い切りたいという欲望はない。自分の周りの人を助けたり、社会的に意義があることに寄付したのでもいいと思っている。究極、何も使わず残って税金で持っていかれても、いいと思っている。
子供が困らないように、という気持ちもあるが、「子孫のために美田を残さず」とも思う。子供をスポイルしない程度にしておきたい。
などなど、もろもろで、結局(比較的)お金を使わない生活。仕事は好きだから、(幸運なことに、比較的)お金が貯まる生活。
しかし、お金があるからという理由でお金を使って贅沢しよう、という人間にはならないようにしたいな。
ストイックな生活をできる人が、一番魅力。良寛さんとか。
(追記)
10年前も、似たようなことを言っていた